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ジャンダルム

縦走の起点となる西穂高へは新穂高温泉からロープウエイを使えば1時間ちょっとで西穂山荘へ着けるはずだったのだが、なんと1日かぎりの点検運休とぶつかり、急遽上高地から標高差900m4時間の登りを強いられることになる。

さすがに本州、北海道とは違い9月中旬の2000mといってもかなり暑い。

尾根の途中で休憩していると穂高から縦走して下山中の立山の長次郎さん事、TGYガイドさんにばったり会う。私より2歳上で数年前に大病を患っていたが、元気に復活していて嬉しかった。彼とはガイド協会創立の時からの付き合いで自宅に泊めてもらったり一緒に剣岳のクライミングガイドをしたこともある30年以上前からの顔見知りだ。

 

きっちり4時間かかって、西穂山荘に到着。ロープウエイ運休で小屋はガラ空き。

テラスで良く冷えた生ビールを1,000円で飲む。かぁ~、これだよ北アルプスの魅力は!

翌朝5時スタートで夜明けとともに独標を目指す。西穂高岳までは岩稜が続くため一般登山者はここから引き返す人も多い。西穂から目指すジャンダルムまではさらに細い岩稜のアップダウンが続くため、ショートロープでガイディング。

快晴で展望は素晴らしく遠く富士山まで見渡せる。

登山者の憧れジャンダルムはフランス語で憲兵を意味し、山岳用語では稜線の縦走路を邪魔するものを言うらしい。奥穂の手前にあるその岩峰は縦走路から少し迂回して裏側から回り込んでその頂きに立つ。

頂上にはジャンダルムのシンボルとなるジョウロを持った天使が待っていた。

この天使は2014年に剣岳の仙人小屋の人が標識も何もなかった頂上に登山者たちへのねぎらいも込めて自作して持ち上げたものだそうで、当局も撤去はせず黙認、登山者たちからも大切に扱われている。ジャンダルムを後にして縦走路から奥穂を目指す。

ロバの耳を超えるとペンキで「ウマノセ」と書かれた高度感のあるナイフエッジを通過、ようやく奥穂の頂上に立つ。上級コースを歩いて来た我々に「見てましたよ」

「カッコよかったデスよ」と何人かの登山者が声をかけてくれた。

奥穂を過ぎ、穂高岳山荘泊。各山小屋はコロナ対策に苦心していて宿泊人数を半分に制限、受付で検温、食堂の仕切板設置など、そして宿泊費も値上げされ2食付きで13,500円。それでも山小屋は満杯、テント場もいっぱい状態だ。

行きかう登山者のほとんどがヘルメットを着用している。

2014年の御嶽山噴火では多くの犠牲者が出た。ヘルメットがあれば助かった命もあったはずだという事で急速に普及、岩稜歩きの多い北アルプスではもはや標準装備となっている。登山者の高齢化に伴い山での事故の半数以上が転倒事故と言われている。

その際に頭をぶつけて怪我を負おう人も多いので良い事だとは思う。

もともとヘルメットは岩登りの際にクライマーたちが使用していたものだが、元祖フリークライマーでヘルメットを被る人は少ない。それは「うっとおしく心がフリーでない」という理由からのようだ。

今回、大キレットを縦走中に多くの登山者に会ったがヘルメットを被っていなかったのは私だけだった。縦走路で転んで頭をぶつけたり、落石がよけられなくなったらガイドはやめようと思う。ただし、クライミングの場合はフォールの可能性はしょっちゅうあるので必ず着用するようにしている。

 

北穂の飛騨側は「鳥も通わぬ滝谷」と呼ばれる絶壁が展開する。

 

北穂を過ぎるといよいよ大キレットの通過だ。いっきに標高差350mの岩稜を下る。

鎖や梯子、鉄杭が設置されているが高度感もあり両側とも吸い込まれそうな谷底だ。

難所として名高いコースだがすれ違う登山者の多くが単独のおじさん、またはトレランシューズにデイパックの若者が多い。さすがに皆、軽快だ。中には長靴のおじさんもいた。さすがにそりゃないだろう。ぐにゃぐにゃのゴム長靴では岩場での踏ん張りが効かないだろうと思ったがひょうひょうと下って行った。

人が多い北アルプス、色んな人がいるなと思わされた。

メットを被らない自分もそんな人の一人なのだと思った。

大キレットは降りた分だけ登り返す。

南岳を過ぎると突然、岩稜は終わりを告げ平坦で平和な稜線歩きが槍が岳まで続く。

「山と渓谷」の「日本の山人気ランキング1位」の槍はさすがに人が多い。

砂糖に群がる蟻の行列を見ているようだ。

 

槍岳山荘横のキャンプ地もけっこうな混雑だ。1泊13,500円の山小屋より1泊2,000円のテント設営の方がはるかに安く、気兼ねもしない。

それにしても明日から台風影響で雨風強まるというのに、通販で買ったと思われる安物テントも多数見受けられて、他人事ながら心配になる。

 

混雑を避けて槍岳山荘の少し下にある殺生ヒュッテに泊まった。

案の定、宿泊客は4組しかいなかった。

米が美味く、みそ汁が暖かいのが他の小屋と大違いだった。

 

朝焼けに浮かぶ富士山を見ながら上高地までの長い道を下って北アルプス縦走は終わった。翌日台風14号が九州に上陸、列島縦断の予報が出る中、無事に北海道に逃げ切ることができた。